長野家庭裁判所伊那支部 昭和52年(少)112号 決定 1977年10月11日
少年 T・J(昭三二・七・一八生)
主文
少年を二二歳に達するまで特別少年院に送致する。
理由
一 非行事実
少年は昭和五一年二月ごろシンナー吸引をはじめ、以後シンナー依存傾向を示すようになつたため、同年一一月二六日毒物及び劇物取締法違反保護事件(当庁同年少第一〇九号、同第一二二号、同第一二五号、同第一三〇号、同第一四二号)で当裁判所において長野保護観察所の保護観察に付され、右保護観察継続中、昭和五二年九月六日付で同保護観察所長より当裁判所に対し犯罪者予防更生法第四二条一項の規定にもとづく通告がなされたものであるが、少年は右保護観察に当つては同保護観察所長より、シンナー、ボンド遊びをやめること等の遵守事項を指示されながら、シンナー依存傾向から脱することができず、二〇歳に達した後も定職につかず、少年の身を案じる母親の制止にもかかわらず同年八月ごろからはほとんど常習的にシンナー吸引に耽溺し、同年九月一四日当裁判所において観護措置決定(長野少年鑑別所送致)を受ける直前ごろにはその吸引は連日(シンナーを吸わないといてもたつてもいられない状態になる。)に及び吸引量も四〇〇CC入の一びんを二~三日で吸引しつくすほどに達するなど、精神的肉体的に顕著なシンナー依存傾向に陥つていた。
以上のように少年は保護者の正当な監督に服さず、また自己の徳性を害する行為に及ぶ性癖があり、その性格および環境上、将来毒物及び劇物取締法に違反するシンナー吸引およびこれに直接、間接に関係する罪を犯すおそれがあるものである。
2 法令の適用
少年法第三条第一項三号イ、ニ
3 処遇の理由
(1) 少年は幼時に父母の離婚、父との離別(母が親権者となる。)養育者の交替(母が稼働するため母方の祖父母に預けられ育てられた。)、経済的貧困などを体験することにより、安定した心性を形成することができず、小学校在学中から窃盗等の触法歴、非行歴を重ねてきたが、専門家の指導により一時生活態度が安定した時期はあつたものの、高校進学後間もなく退学(学校に不適応であつたため)し、その孤独感を暴走族への加入などによりまぎらわせているうち昭和五〇年一〇月一三日交通事故を起して負傷(入院約一か月半、昭和五一年二月ごろまで自宅療養)、その後上記のとおり昭和五一年二月ごろシンナー吸引を始めた。
シンナー吸引のはじめは好奇心にもとづくものであつたが、吸引による酩酊が後遺症の苦痛、就労できない焦燥感や不安感、日ごろうつ積した不満などの解消と結びつき、次第にシンナー依存の度を強めていつた(その間の補導歴、昭和五一年五月二九日○○署による補導、当庁係属同年少第一〇九号。同年六月一三日○○○署による補導、当庁係属同年少第一二二号。同年七月二四日○○○署による補導、当庁係属同年第一二五号)。同年七月二七日当裁判所において当庁同年少第一〇九号、第一二二号保護事件の審判が行われたが、右審判にも少年はシンナーを吸引し酩酊した状態で出頭するという有様であり(出頭の途中○○署により補導された。当庁同年少第一四二号として係属。)、右審判において調査官の試験観察に付されたが、その直後の同年八月三日にもシンナーを吸引し○○○署に補導され(当庁係属同年少第一三〇号)、同月五日当裁判所において観護措置決定、長野少年鑑別所に送致され、同月三〇日再び調査官の試験観察に付された。その後しばらくシンナーを慎しみ、シンナーに関する限りは試験観察の成績は良好であつたため、当裁判所は在宅指導で足りるとの判断のもとに、同年一一月二六日少年を長野保護観察所の保護観察に付した(上記各保護事件全件併合)。右処分後も少年はしばらくシンナーから遠ざかつていたが、昭和五二年一月に入り仕事が暇(金属屑商手伝)で他になすことがなかつたため再びシンナーに親しみだして同年一月二三日○○○署により補導され、同事件は当裁判所に同年少第二一号として係属、同年二月二二日観護措置決定(同鑑別所送致)、同年三月八日調査官の試験観察に付された。その後はシンナー吸引を慎んでいたものの、同年六月四日再び交通事故を起したのをきつかけにまたもやシンナー吸引に耽けるようになつた。しかし調査官の強力な指導により間もなく右吸引は中断し、キリスト教関係の集会に参加するなどあるていど少年にも自覚の兆しが現われたので上記当庁同年少第二一号保護事件につき同年七月八日当裁判所において不処分(別件保護中)決定がなされた。
しかし同月二七日、以前にかくしていたシンナーの存在を思い出してこれを吸引したところを○○○署員に検挙され、さらに同年八月一六日交通事故に遭遇して負傷をしてから、勤労意欲も失つてシンナー吸引に耽溺し、母の制止も聞き入れず以後常習的にシンナー吸引を続けていたことは上記非行事実欄記載のとおりである。
(2) 以上のように少年は好奇心ではじめたシンナー吸引に次第に溺れるようになつて以来、観護措置、試験観察、審判等強力な外部的規制が加わつた場合はしばらく中止するが、交通事故による負傷、季節的な閉暇などの障害に遭遇するとそれにまつたく耐えることができず、シンナー吸引に逃避し、結局シンナー依存の悪避を断つことができなかつたもので、以上の経過が示すとおり、少年の最大の問題点は心的耐性と自律性の欠如である。
(3) これに対して母親に保護能力はなく、また保護観察による在宅指導をもつてしても少年を指導改善させることはもはや期待できない。
結局少年をシンナー吸引による犯罪および精神的肉体的荒廃から救うためには施設に収容してまずシンナー依存の悪癖を絶つとともに、その強力な枠組の中で少年を積極的に指導して安易にシンナー吸引に逃避することのない心的耐性と自律性を習得させるほかはないといわなければならない。
なお上記のような少年のシンナー耽溺の経過に鑑み、少年に対しては施設内において右徳性を基本的に習得させるだけでなく、右習得後は仮退院の措置をとり、社会内においても相当期間なお強力な指導を継続することによつて、施設内における習得の効果を社会生活および家庭生活において維持定着させるよう配慮することが必要と考えられる。
よつて少年を二二歳に達するまで約一年九か月間特別少年院に送致することとし、犯罪者予防更生法第四二条、少年法第二四条一項三号、少年審判規則第三七条一項後段を適用して主文のとおり決定する。
(裁判官 国枝和彦)